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INTERVIEW
伊藤高志
2009.12.19 UP

体育館の空間に見る者がダイブしていく感覚────。28年前に作られたあの衝撃な映像『SPACY』は、今日のヴァーチャル化した映像の先駆として誰もが認めることだろう。伊藤高志の以後20作余りにわたる作品をとおして見えてくるのは、空間に潜む幽霊、空間に漂う狂気、そして空間に浮いては消える美と醜の塊ではなかったか? 見えないものを見せる。その不思議な創作の世界を、映像の錬金術師として長年第一線で活躍してきた伊藤さんに語っていただきました。(聞き手:中島崇)

映像の“幽霊性”

『SPACY』

 ──伊藤高志さんと言えば、まず『SPACY』(1981年)という伝説的な作品。 驚きました。「一体これは何だ?」と叫びたくなる新鮮さと圧倒的な力強さは、たとえこの種のめまいを覚えるようなスピード感が苦手な人にも忘れることのできない衝撃をもって体験したと思います。しかも大学の卒業制作!!

大学1年のときに8ミリカメラに触れて映像の“幽霊性”を感じました。再現性ということなんですけど、無いのにそこに有るという感じが実際に自分で撮影して見えてきた。
このことがあってから、ものすごく映画をつくりたいと思い始めたんですね。映像の他にも視覚に関する様々な授業を受けてきて、例えば製図を描くときの水平ラインと垂直ラインが交わるところの秩序の美しさや気持ちよさ、写真を焼くときのあの白い印画紙に像がふわっと出て来る恍惚感などを通して、無意識のうちに工学的・視覚的なところから映画的な発想を培ってきたのだろうと思う。 映画は自分の意識やコントロールを超えるような世界が偶然現れて来る面白さがある。気が付いたら自分の知らない力がそこに現れてきているとか。

ダイブしていく感覚

 

伊藤高志 ──『SPACY』が完成した翌年に、ドイツのオスナブリュック実験映画ワークショップという映像フェスティバルで上映されたときの会場の様子をビデオで見たのですが、観客がひどく興奮して大変な熱気でした。彼らは、コンピュータで作ったと誰もが信じていたのです。日本の観客もコンピュータ映像って何のことかよく知らずに漠然とそう思っていた。実際は700枚の写真のアニメ撮りなんですね。

体育館に配置された写真のなかに「ダイブしていく感覚」を作るのは大変困難でした。難しくて。相当やり直しをして、それをどうやって解決したかは……やはり根性です。根性としか言いようがない。
素材の写真を重ねてパラパラ漫画のようにめくって、ダイブして(写真に)入っていける箇所を一生懸命探すんです。ところがなかなかスムーズに入っていかない。写真が少なかったり、逆に多すぎたり。それを何度も調整して、ある時フッと入ったときに「おっ、やった〜っ」て。そこで初めて写真を16ミリカメラで撮るわけです。

『ブレードランナー』に魅せられる

消息

 ──撮影の被写体に体育館を選んだのは?

バスケットボールのサークルに入っていましたからね(笑)。日頃ドリブルしながらあの空間を走り回っていた。
当初の発想では人間の背丈を超えた所に視点があって、そこから下に降りて来るとういことを考えていたのです。あるいは天井すれすれを回転したり、時々体育館の小窓からカメラが外に出てまた戻って来るとか。もっとスペクタクルなものにしたいなという考えはあった。

 ─よりスペクタクルなものに発展していくのは次のステップの『THUNDER』('82年)、『GHOST』('84年)、『GRIM』('85年)、 “初期のゴースト三部作”と言いましょうか。

最初の『THUNDER』('82年)では、写真技術の応用ですけれど、長時間露光という方法で像がブレる様子を撮る。『GHOST』
光の帯が過激に運動を始め、雷のように見えていく。雷が部屋のなかを暴れ回る。その光と共存して女の人の顔が現われます。
実はリドリー・スコットの『ブレードランナー』('82年)の冒頭で、夜の街に巨大な東洋人の女の人の顔がビルに映るショットを見たときに感動して、それをどうしてもやりたかった。
『THUNDER』ではラストシーンで校舎の壁に映った巨大な顔となって出現します。投影されるその像は撮影するカメラの位置によって変形しますね。 人間の肉体が崩れていくその気持ち悪さと美しさを描きたかった。 このシーンを撮りながら、こうした映像を壁に投影するのではなくて空中に浮かせられないかとさらにアイディアが湧いてきました。映写機の光を白い紙で遮ると、遮った瞬間に像が残って空中にいるように見えるなと。『GRIM』
そこで次の『GHOST』や『GRIM』で実際に試みた。例えば人物の顔や手が手前にあると、その向こうの背景は透けて見える。透けて見えるけれども、でもそこにはちゃんと存在しているという気持ち悪さにゾクゾクする。この3作は、最初は技術的な興味から始まったけれども、人がそこにぼんやりと立っているという存在感の不思議さに到達したわけです。

次号へ続く 2010.5.1 UP
(2009年12月 東京、イメージフォーラムにて 
TEXT:中島崇/映像作家 PHOTO:室谷亜紀)

INTERVIEW:伊藤高志 Part 1 / Part 2
Profile:伊藤高志
いとうたかし 映像作家

1956年、福岡市生まれ。
新聞記者の父と看護婦の母の次男として出生。映画好きの父の影響で映画大好き少年に。『大魔神』と『ガメラ対バルゴン』の2本立てを劇場で見た時、大魔神に串刺しにされる悪代官や緑の血を吹き出しながら戦う怪獣たちの残虐な映像にスッゲーと大興奮。その後ますます映画にはまっていく。と同時に漫画を描くのが趣味だった私は石森章太郎の「サイボーグ009」をオリジナルストーリーで描いたり、手塚治虫や横山光輝の模写に没頭。
中学時代に大興奮させられたのがスティーヴ・マックイーン主演の『大脱走』。尋常でないドキドキ感とハラハラ感を味わい映画の真の面白さというものを感じた。漫画や映画に没頭するオタク少年ではあったが、中学の時は短距離走で常に1〜2位、またバスケットボール部でも活躍するなどスポーツマン精神も身につけている。
高校時代は美術部で絵を描きながら、父のカメラでカメラ小僧として写真を撮りまくり、芸術の世界への興味が少しずつ熟成していく。
九州芸術工科大学画像設計学科にどうしても入りたくて浪人生活を2年間送り、3度目の正直で大学合格。8ミリカメラを親戚から借りて初めて撮影し、家の襖に映して大興奮。あるはずのない風景がそこに現れるという映像の原初的な力にものすごく感動した。
そんな時出会ったのがFMFという自主上映グループで、ここから私の個人映画の創作が始まった。
同時期福岡で上映された「松本俊夫」個展上映はその創作欲に拍車をかけた。特に彼の『アートマン』という実験映画は私の目標になった。
松本俊夫の指導のもと卒業研究として16ミリ処女作『SPACY』('81)を制作した。『SPACY』は本人も驚くほど世界中で高く評価され嬉しいのと同時に大変なプレッシャーを感じたが、もっともっと映画を作りたいという欲求が沸き、翌年再び卒業研究の名目で『BOX』('82)を手がけ、さらにその翌年も卒業研究で『THUNDER』('82)を発表。
卒業後は西武百貨店文化事業部に入社。ATG(日本アートシアターギルド)という映画制作配給会社に出向。石井聰互監督の『逆噴射家族』('83)の特殊視覚効果をこの時に担当した。
1984年から西武の映画配給会社シネセゾンの宣伝部に配属。会社勤めのかたわら有休やズル休みを駆使して個人の映画制作を行った。
毎年恒例のイメージフォーラム・フェスティバルには招待作家として新作映画を出品。
劇作家如月小春の舞台に映像で参加。「MORAL」('84)の公演はとても刺激的で、以後彼女の舞台の映像スタッフとして毎年のように参加する。
東京での社会人生活を10年間送り、退職し、京都芸術短期大学の専任講師として京都で新しい人生が始まった。久々に作った『12月のかくれんぼ』('93)は上映後学生たちの喝采を浴び、その後次々と作品を作るようになる。
1999年、京都芸術短期大学は併設の京都造形芸術大学に吸収合併され、映像・舞台芸術学科の映像の責任者として、学科の設計にたずさわった。あまりの忙しさに『静かな一日』('99)は未完成のままイメージフォーラム・フェスティバルに出品。この作品は2002年に『静かな一日・完全版』として完成させた。
この学科での演劇人やダンサーたちとの出会いは私に多大な影響を与えた。2000年、ダンサー岩下徹と映像のコラボは予想をはるかに超えて面白く、身体と映像の間にある不思議な磁場の魅力を自分なりに追求してみたいと思った。
以後積極的に舞台での映像表現に挑戦。2001年のダンサー山田せつ子とのコラボ「Double」は1年かけて準備し大学内の劇場で公演、その後も伊藤キムや白井剛、寺田みさ子、砂連尾理などの先鋭的なダンサーや劇作家川村毅とのコラボなど、映画作り以上に熱中した。
2009年の1月には「恋する虜/The Dead Dance」というインスタレーション作品を初めて手がけた。
映画を作り始めて30年あまりが過ぎた。これまでのほとんどの作品がDVDとなって世に出ることになったが、ここで過去の創作にいったん区切りをつけて今一度新しい創造へ向けてスタートしたい。そんな気分だ。(伊藤高志/2009.4.18)

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