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大竹伸朗 NOTES 1985─1987
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INTERVIEW
荒木経惟
2010.4.23 UP
2009年にまさかの前立腺癌宣告と、それにつづく摘出手術。そこから娑婆に生還を果たしてついでに遺作まで出したアラーキー。その『遺作 空2』(新潮社刊)*という大著は、初めて目にする者のド肝を抜く。自宅バルコニーで写した空の写真をカンバスに、ペインティングもすれば文字も描くという破天荒な手法が思う存分に取り入れられている。1940年生まれで五月には70歳を迎える、世界的にも人気が高い写真家・荒木経惟。忍びよる死を予感しながら、完成すなわち死だと再び初心に立ち戻って写真とアートにうちこむ日々の原点に迫ります。(聞き手:瀬戸山玄)
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カメラ・オブスキュラとしてのアトリエ兼住居

住んでる豪徳寺のマンション、あれは巨大なカメラ・オブスキュラ*みたいなもので、オレが部屋の中から外の世界を覗いている感じ。あのバルコニーと中に居る限り、日常の写真も撮り続けられる。いま一番撮影に使っている場所も、屋上とバルコニーが多い。
写真の初心者に朝起きたら、歯を磨くよりも前にまず目を磨けと、言っているけど、アタシの場合は起きると朝一番に空を撮る。 「愛しのチロ」
あそこにかれこれ30年近く住み続けているけど、やっぱりあそこはカメラだから離れられない(笑)。大地震が起きたらきっと、バルコニーでチロちゃん(愛猫)と怪獣のオブジェを抱いて倒れているね。チロちゃんも一度血を吐いて手術して治ったけれどよたよたしていて、何だかオレの姿を見ているみたい。出かける時に、「今日も早く帰ってくるからね」とつい余計な声をかけて、戻りが遅くなるとチロちゃんが怒るんだよね(笑)。(*3月2日惜しくもチロは天国に。人間にすると100歳以上の大往生。)

「遺作」を作り「生欲」が湧く

まあ、オレの場合、立派なアトリエも書斎もないわけで、コンピュータグラフィクスじゃないけれど、そこでわざと切り貼りのコラージュとかを下駄屋みたいに胡座をかきながら、もの凄く素直にやって楽しんでいる。花を撮るのだって緊縛撮るのも、朝食を食べるテーブルの上で、それも窓からの自然光で撮っているんだから、そんなの見せられないじゃない。日常が人生だし、動いて撮っていることが生きること。駄洒落で「遺作」とかをせっかちに作る。それで駄洒落で「生欲」が湧いてきたと。
前立腺癌は性欲が真っ先に萎えるので、オレはそれに引っかけて言っているんだけど、みんな気がつかない。癌というのは死に近い病気だろう。するってーと癌に触発されて、自分がこういうものを作る。この本を作ったお陰でオレの「生欲」がまた湧いてくる。もっと才能があるぞ、オレはまだこんなもんじゃないと、自分の作った本に発破をかけられる。そういう意味でこの『遺作 空2』はオレにとってもの凄く良い本なんだ。
荒木経惟

受け身に立つ写真行為

オレはその時々の気分で、たとえば白川静さんの字で、「星」という字が素晴らしければ、その字を白黒プリントの上に描く。おっ、また死んじゃったよ、と誰か死ぬとその新聞写真を作品に張ってしまう。癌もロックだぜって、忌野清志郎が逝くとその記事もコラージュしてしまう。そうやって日記がマンダラみたいになっていく。
純粋に写真だけをしている者たちからすれば裏切り者かもしれない。でもそれが全体としてまとまると、その時のオレ自身がそこに一番出ているわけ。結局、写真というのは対象を選ぶことだから、その瞬間にそれを選ぶ自分がそこにいる限り、それは写真行為なわけ。
垂れ流しみたいに、つまんないことでも何でも記録する体になっている。だって、今日はコレを描こうとか、そうじゃない。その時なにかに出会うこと自体、そういう日々がもう愛おしい。こんな大げさな嘘もないだろう(笑)。
つまり一人の人間が選ぶ行為なんて大したことじゃない。向こうに選ばれるとか、受け身に立つということが大切なの。まわりに立つ人々が素晴らしいから、最近のオレはもう受ける一方だと思うね。写真的な日常で街にでると、そこに素晴らしい出会いがすでに用意されている。だから今までこちら側から女の子をくどいたことだってないだろ(笑)。毎回くどかれているんだから。

押せば押すほど写真好色

荒木経惟シャッターを押せば押すほどいい。やっぱり繁雑じゃないといけない。最近のガールフレンドが、今こんな絵を描いてるのと、ファックスしてくると、それをそのまま写真に張ったりして。要するにもの凄く身近なことばっかりなんだ、この日記は。それで会うたびに喋る内容が変わったり、相手によって嘘つきやすいという写真もある。それがこんな豪華な装丁の写真集になってしまう。
なにか写真の神様にやらされているような気がしてくるんだよ。結局、何かにしちゃうというのは、どこかで嘘をつくことだから、ちょっとしたことを面白がりながら、堂々としていていい。大げさに言えばそれもまた楽しい。
昔よく集大成とか流行っていたけど、それはダメですよ。年に5冊くらいはこれからも出すけれど、遅くとも一年前の出来事をまとめてぽつぽつ出して、一冊がまた次の一冊に繋がっていくようにしたい。
オレの場合、老いの汚れとかも撮りたいしスッキリさせたくない。それをライカで撮ってしまうと、何か能舞台のすり足の足袋が撥ねるような静々とした世界、悟りみたいな境地になるだろう。そういう気分じゃないし自分も照れるから、今はもっと狂言じみた世界、和歌でなく狂歌にしたいと思うから、古いペンタックスとかでガシャガシャ押して撮っていく、撥ねるみたいに歩いて撮る。
でも、何にでもある意味でのシャッターチャンスがあると思うから、それが不幸だろうと幸せであろうと、出会ったこと自体がみんな写真なんだ。そういう点では真摯な気持ちだし、写真好色ですよ。

感情の余白

荒木経惟新しがり屋だから何か新しいことに挑むにしても、ペインティングするにしても前と同じではない。結局、いくら新しいことに挑んで、あがいてもオールドな世界に向かっている気がする。それでも何か決めかねているようなプロセスが見えているものの方がいい。そういう時ほど面白い。
実際リーマンショック以降、世の中もアートの世界も全く不景気だね。写真というのは紙の文化だから元々、写真なんて買う人は少ない。でももうちょっとすれば、戻って来てぜったいに衰えはしない。ビンテージプリントを欲しがる人はヨーロッパには多いけれど日本にはほとんどいない。だから印画紙もポラも無くなる。デジタル時代になると、カメラでも文字でも便利だからそれがどんどん進む。でも、例えばラブレターを書いて、その日のうちに投函できない気持ちとか、そんな感情の余白の部分も良いよね。そういう感じに気づくときも来ると思う。

写真家をめざす若い人たちは……

若ぶっているけれど少年の魂はみんな持ち合わせていなくて、なんか妙なコンセプトや計算ばかり目につく。
例えば、どんなことがあっても一年撮り方を変えないとか。気持ちの入り込みは分かるけど、それが何だというの。オレは「私写真」と言い続けてきたけれど、今の人は世間に対する自分のぶつけ方が違う。コンセプトは被写体にあるのであって自分じゃない、ということに早く気づかないと。
ポートレイトとかでも孫が出来たから撮ってくれとか、婚約者やファミリーを撮ってくれないかと向こうから言ってくる。それで差し向かいになると、こちらの写真論や関係性より、向こう方の関係性の方がはるかに強いことに気づく。その関係性の方が素晴らしい。やっぱり写真行為はもっと柔軟にならないといけないし、マスターベーションじゃいけない。
やっぱり、気持ちとか肉体に触れて育つとかして、相手を尊重しなくちゃ。教育っていうと大げさだけど、今はなかなか親爺の背中だけじゃわかりにくいよね。曖昧な関係性の中に色々と学ぶ場合だってあるだろうし。
うちは親爺が下町の下駄屋だったから、こんな木の塊からゲタを作るのを目の当たりに見せられると、ウン?と思うじゃない、それも創作の現場だよね。写真だってマジックだし、人生のいろんな事がマジックですよ。
荒木経惟

(2010年2月、東京・新宿Bar Rougeにて 
TEXT:瀬戸山玄/ドキュメンタリスト PHOTO:室谷亜紀

INTERVIEW:荒木経惟 Part 1 / Part 2
Profile:荒木経惟
あらきのぶよし 写真家

1940年、東京都台東区三ノ輪に生まれる。
1963年、千葉大学工学部写真印刷工学科卒業。同年、(株)電通に入社。1964年、「さっちん」で第1回太陽賞受賞。1971年、電通に勤めていた青木陽子と結婚、新婚旅行を撮影した『センチメンタルな旅』を限定1000部で自費出版。1972年よりフリーに。以来、妻・陽子との生活や東京の情景、過激なヌード作品などを次々に発表。写真界のみならず社会をも揺るがす「天才アラーキー」として広く認知されるようになった。欧米では「グラン・マエストロ」(大巨匠)と称され高い評価を受ける。2008年、オーストリア政府より科学・芸術勲章受章。また2002年より日本全国の人たちの肖像写真を撮影する「日本人ノ顔」プロジェクトを続けている。
主な展覧会は「Tokyo Comedy」(セセッション、ウィーン/1997年)、「センチメンタルな写真、人生。」(東京都現代美術館/1999年)、「ARAKI:Self, Life, Death」(バービカン・アート・ギャラリー、ロンドン/2005年)、「東京人生 東京人生、写真人生、Aノ人生」(江戸東京博物館/2006年)ほか。
主な著書に『さっちん』『センチメンタルな旅・冬の旅』『荒木経惟 トーキョー・アルキ』(すべて新潮社)、『愛しのチロ』(平凡社)、『空』『東京ゼンリツセンガン』(すべてワイズ出版)、『広島ノ顔』(荒木経惟「日本人ノ顔」プロジェクト)、"ARAKI"(Taschen)、"ARAKI:Self, Life, Death"(Phaidon)などがある。

荒木経惟オフィシャルサイト
http://www.arakinobuyoshi.com/

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荒木経惟の演出により自身の写真を2台のスライドプロジェクターのオーバーラップにより見せる独自の写真表現。エモーショナルな動きは田宮史郎、安齋の手指による。そこに川上由美子プロデュースにより安田芙充央によるピアノ、akiのボーカルなど音楽が加わる。これまでに15作以上が発表されている。

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