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INTERVIEW
2007.5.2 UP
一昨年、日本から初めて女性の写真家として美術の祭典ヴェネチア・ビエンナーレに選ばれる。個展の会場となった日本パビリオンに19万人の驚異的な数の人々が訪れたことは記憶に新しい。「傷を受けた」風景、身体、女性であること、遺品のキーワードを軸に、石内都さんの30余年にわたる「写真を撮ることで歳をとる」軌跡を語っていただきました。今回は後編。

風景から身体へ

『1・9・4・7』の女性の手と足は、40歳なら誰でもいいというわけではなくて、私が生まれた群馬県、私が育った横須賀、今住んでいる東京の三つの地域にいる人達から選びました。生まれた時に同じ空気を吸った人に会うというプロジェクトです。私は石内都という固有名詞だけど、何々さんかもしれない。主婦をやっていたかもしれない。主婦に偏見を持っていたんですけれど、尋ねて行っていちばん喜んでくれたのは主婦の人達でしたよ。ご飯を作って歓迎してくれたり。

表現的にも写真は変化してきます。それまでの私の写真は強引にフィルターをかけて傷をつけたようなもので、粒子も荒れている。このシリーズでは40年間という時間を撮るわけだから、相手にゆだねようと思ったの。痕跡を撮るわけだから、普通の現像でなければならないと。それで全部写っているはずだから。画の調子だけでなく、風景から身体へと対象も変わったわけですから、『1・9・4・7』は嫌われたんですよ、三部作を評価してくれた人達から。私にとって原点は同じなの。時間を見たいとか、触れたいとか…。横須賀も同じ気持ちで撮っていたと思う。

傷という物語

続いて男の人の手と足を撮ってみたけれどつまらないのね。意外とふにゃふにゃで。それで手と足をやめて、骨格や筋肉や性器など私にないものを見たいという意識が強くなった。
初めて男性のヌードを撮った時に、実は彼が大きな傷を持っている人だった。彼は傷の話を延々とし始めて、傷って物語があるし、語るという意味で現実のものだなと考えた。古い写真を見るのと同じに。それからこのシリーズはずっと傷を撮るんだけれど、男性のヌードは興味津々でした。モデルではなく普通の人にお願いして撮ったから、男は見たくないものを見たって非常に評判が悪かったの。男性の裸を見る歴史がないのね。女はうんざりするほどあるけれど。
私にとって暗室の作業というのは、性行為に近いんです。そういう気分があるわけ。撮影は淡白だけど、暗室ではねちっこい。赤いランプの光と毒の薬品に浸かる淫靡さというのかな。

皮膚の断片

2005年のヴェネチア・ビエンナーレで発表した『マザーズ』(2000―2005)は、亡くなった母の下着や化粧品が沢山残っていて、捨てようと思って撮り始めたものです。写真に撮れば捨てられるかもしれないとひっぱり出して写真に撮ったけれどやっぱり捨てられなくて、下着を窓にテープで貼ってビデオでも撮った。ヴェネチアでは写真とともに、その12分の私の初めての映像作品を展示したわけです。肉体はもうないけれど、下着たちがぞろぞろ出てきた時に母の皮膚の断片があるような気がしたんです。彼女の皮膚が家の中にまだいっぱい残っている現実に直面して、記録をしようと思った。記録性という意味での写真は、あまりに写真の王道を行くようで苦手なんですけど。そもそも記録したくないって写真を始めたわけだから。

死というのはモノを残すことなんですよね。モノだけ残っていく怖さかな、そのモノたちは存在感があるわけですよ。何で撮れたかというと母とはうまくいってなかったからですね。うまくいっていたら撮らなかったと思う。 
私は父親っ子で、父が亡くなってから5年の間に少しずつ話し始めて、やっと話せるかなと思った時に母が亡くなった。だから展覧会を開くということは、下着の写真を前にして母と対話を積み重ねる場でもあったわけです。

変形するもの、生き続けるもの

今制作中の『イノセンス』は、4月28日に開館する横須賀美術館とツアイトフォトサロンで発表するシリーズです。必ず体のどこかに傷のある女性の体のフォルムに関しての写真です。体は日々老化し変形してゆく。体の形の曖昧さと美醜とはどういうことかを写真に収めたものです。この写真集は『1・9・4・7』以降ずっと続いたテーマの最終的なものになるかなと思っています。
その次の新しい展開として広島を撮っています。私は今年初めて広島に行ったのですが、一度も行っていないという意味で呼ばれたんですね。原爆資料館の遺品を撮っています。19,000点の中からこれまで誰も目を向かなかったごく僅かを選んで。今私が生きている時間と同じように遺品たちはまだあるわけですよ。だから2007年の広島を撮るわけ。世界の歴史に出会っているなと、興奮状態です。終戦直後の生まれであること、横須賀、傷など、今まで私がやってきたことが全部広島につながってきます。

歳をとるのはこんなに楽だったのか

歳をとるということは凄く面白いことだと思うのです。自分のことでいえば、30歳で『横須賀ストーリー』、40で『1・9・4・7』、50で『マザーズ』、60で『イノセンス』と、10年単位で私は写真を撮ることで歳をとってきたなと思うわけです。同時に若い時のあの自信の持ち方は一体なんだったのかという問いが常にあって、(歳をとると)自信は関係なくなってくるわけ。出来ることと出来ないことがとてもはっきりしてくる。昔は出来ないことは何もないと思っていたけど、今は出来ることしか出来ないから無駄なことは省けてとてもシンプル。ああ、歳とるのはこんなに楽だったのかって。
これからもっと楽になる、たぶん。だからみんなに早く歳をとった方がいいよって言っている。

( 2007年4月 横浜にて TEXT:中島崇/映像作家 PHOTO:杉本青子 )
INTERVIEW:石内 都 Part 1 / Part 2
Profile: 石内 都
いしうち みやこ 写真家

1947年、群馬県に生れ、横須賀に育つ。'70年、多摩美術大学デザイン科織りコース中退。'75年、写真を始める。'79年、第4回木村伊兵衛賞。'99年、第15回東川賞国内作家賞、第11回写真の会賞。'06年、日本写真協会賞作家賞。


個展:

絶唱・横須賀ストーリー('77年、ニコンサロン、東京)、TO THE SKIN('94年、ギャラリー手、東京)、1・9・4・7('94年、ローレンスミラーギャラリー、ニューヨーク)、Chromosome XY('95年、ツァイトフォトサロン、東京)、モノクローム―時の器('99年、東京国立近代美術館フィルムセンター、東京)、爪 nail('01年、ギャラリードゥ、東京) Mother's('02年、中京大学アートギャラリーCスクエア、名古屋)、Mother's('03年、セピアインターナショナル、ニューヨーク)、イノセンス(ツァイト・フォト・サロン、東京)、マザーズ2000‐2005 未来の刻印('05年、ヴェネチアビエンナーレ、ヴェネチア)、他


写真集・著書:

『APARTMENT』
'78年、写真通信社

『絶唱・横須賀ストーリー』
'79年、写真通信社


『連夜の街』
'81年、朝日ソノラマ


『1・9・4・7』
'90年、I・P・C

『モノクローム』
'93年、筑摩書房

『 1906・to the skin』
'94年、河出書房新社


『Hiromi 1955』
'95年、伊藤比呂美と共著、筑摩書房


『さわる Chromosome XY』
'95年、新潮社

写真誌『Main』全10号
'96〜'00年、楢橋朝子と共同で刊行

『Yokosuka again 1980-1990』
'98年、蒼穹舎


『爪』
'00年、平凡社

『連夜の街』
'01年、ワイズ出版


『Mother's』
'02年、蒼穹舎


『キズアト』
'04年、日本文教出版


『マザーズ2000-2005 : 未来の刻印』
'05年、淡交社

『SCARS』
'05年、蒼穹舎

『キズアト』
'05年、日本文教出版


薔薇のパルファム
'05年、蓬田勝之との共著、求龍堂

[ NEWS ]

横須賀美術館 開館記念
《生きる》展─
現代作家9人のリアリティ

'07年4月28日〜2007年7月16日

石内都作品展 INNOCENCE─キズアトの女神たち
2007年6月12日〜7月5日、ツァイトフォトサロン 、東京

写真集『CLUB & COURTS YOKOSUKA YOKOHAMA
'07年4月刊行、蒼穹舎

● 写真集『INNOCENCE
'07年4月下旬刊行予定、赤々舎

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