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INTERVIEW
ペドロ・コスタ
2008.4.26
日本では2002年に『ヴァンダの部屋』が劇場公開され衝撃を与えたポルトガルの映画監督ペドロ・コスタ。6年ぶりの新作『コロッサル・ユース』の公開を控え来日されました。前作以上に、様々なアーティストにも影響を与えること必至の新作と彼の考える映画とは? (聞き手:中島崇)

ペドロ・コスタさん ──青年の頃はパンクバンドのメンバーだったと聞いています。長編映画の監督がそういう履歴を持っているのは大変珍しいことだと思いますが。パンク・ミュージックを演奏することと,映画を撮ることに同等の情熱を持っていたということですか?

「自分が映画を好んで見始めた時期と、その頃に関心を持って聴き始めるようになった音楽……イギリスからやって来たパンク音楽だったわけですが、それとポルトガルにおける政治的・社会的な革命※1という状況がたまたま一致していた。15歳位の頃だったと思います。自分としては幸運だった。偶然ですね。」

 ──コスタさんの映画で私が初めて見たのは『ヴァンダの部屋』(2000年)でした。その後に長編処女作の『血』(1989年)を見てこの二作の間に大きな落差があるのに驚きました。つまり、実験的な映像作家という印象が強かったのに対して、始めはフィルムノワール調の大まかな意味で伝統に沿った映画からスタートしたということですね。これにパンクが関わってくる。くどいようですが……。

「パンクについてはこれ以上話すことはないかな(笑)。
『血』に関しては、自分でもああいう映画を撮っていたということは驚きでもあります。おっしゃることに反論するつもりはないのですが、今現在の作業は『血』を撮っていた時代に比べれば、自分のなかではより伝統的な、あるいは映画の規範に沿ったものだと考えています。」

映画史に守られていた過去

ヴァンダの部屋/血 ──現在の方がむしろ伝統的な作り方だとおっしゃるのですか?

「『ヴァンダの部屋』は、古典映画が持つリアリスト的な側面、あるいは語りの用い方については非常に古典的な規範にのっとっていたと自分では考えているからです。
今現在は映画が持つ根源的なもの、自分の経験を極力削ぎ落としていく方向にあると考えています。
『血』を撮っていた時はフォルムの方が突出していたと思うわけです。そのフォルムはまだ現在も残っているのですが、それと発想や思考の一致という点で現在の方がより上手く構成されているとは思うのですが。」

 ──それと一般的にみて顕著な移り変わりは、物語が中心となっていた初期の映画からドキュメンタリーの要素が強くなってきたということですが。

「確かに職業俳優やセットを用いないという点で、私が作ってきた映画は生のままの現実に近づいていると言えるかもしれません。
ただ『血』を作っていた時期に比べれば、今の方がフィクションへの欲望が自分のなかでは強い。というのも、ある種映画的なショット、あるいは映画を通して現実に存在している考え方ではないものを作り上げることができるのではないかと。
それと同時に、以前の私は映画や映画史といったものに守られていたという側面があったと思うのですが,現在では自分が背負ってきたものをできるだけ捨てていく方向、つまり「裸型の映画」を目指しているということです。」

既存の映画界を拒否するアクション

コロッサル・ユース ──コスタさんは何年もかけてアフリカ移民が多く生活するリスボン郊外の特定の地区フォンタイーニャスに踏み込んでカメラを回し、『ヴァンダの部屋』や新作の『コロッサル・ユース』(2006年)を作り上げた。
日本でもひとつの場所に長期滞在して撮影するドキュメンタリストとして、小川紳介監督※2や土本典昭監督※3がいます。彼らは16ミリ映画※4カメラで撮影するにあたって、この物々しい撮影機材に撮られる側の人々が萎縮しないように生活を共にするという手段をとったわけですが、コスタ監督がデジタルヴィデオ(DV)カメラを選択した理由の一つとして、人々にカメラの視線を意識させないという意図があったのでしょうか。

「DVカメラを使う主な理由は経済的なものです。映画に比べてはるかにお金がかからない。それと同時にDVカメラで撮ろうと思ったのは、映画界そのものに対する嫌悪感からです。撮影のシステム上の問題や、ヒエラルキー,偽善、裏切りなどが満ちあふれている映画界から自分が離れたかったということがあります。
それまでに存在していた映画界で生き続けることが自分のすることなのだろうかと自問した結果、既存の映画界に対して拒否する決断をしました。その決意のアクションがDVカメラを店で購入することだったわけです。
言ってみればそれは私にとって自由に向けた象徴的な行為だった。
ただヴィデオカメラを買って一週間経った時に、私がこのカメラを映画の撮影で用いるカメラと寸分違わぬように使いたい気持ちに駆られました。」

イメージの質的な価値に固執しない

ペドロ・コスタさん ──私も以前はフィルムで映画を撮っていましたが、ヴィデオに切り替えたところで変化に気づきました。やや大袈裟にいえば撮影者の魂が乗り移る感触がフィルムだとすれば、どうしてもヴィデオは撮るそばから客観視できる「素材」としての感覚に陥ってしまう。ヴィデオを使ったことで、画質の違い以外にこうした撮影者の精神的な変化で苦労したことはありませんか?

「私は、映画はイメージではないと考えています。ヴィデオだろうがフィルムで撮られようがそれは想像力に関わることで、イメージの質的な価値に固執してはいけない。
私が言う想像力とは、それは監督の頭の中であり、役者が考えていることであり、言葉であり、あるいは観客が考えていることを指しています。
私の撮影方法に関して言えば、ヴィデオは自分が撮影している物語によくかなっている、そういうメディアだと考えています。一つのショットの構成を考え、そこにアクションを加える、そうした作業において絵画的あるいは質感的なものにはあまり興味がないのです。」

 ──あなたの映画を形容してフェルメールやクールベを例に出す批評家も多いのですが。18世紀、19世紀の画家から発想を得ているということはないのですね。

ペドロ・コスタさん「確かに批評家はそういうけれど、それは批評家の虚栄ではないかと思う。実際に撮影している時には何かを参照することなど考えていない。リアリスト的な絵画があるとすれば、それはむしろ画家が手がけたというよりは、その要素は小説家やミュージシャン、あるいは20世紀初頭の写真家たちがその役割を果たしているのではないかと私は思うのです。
その写真家の写真というのは、とりたてて芸術家ではない名もなき匿名の人々が道で出会った人々や、その周辺で展開している人生などを記録した写真を指しています。
もちろん絵画も好きで、クールベと同時にピカソも好きなんです。ピカソも私にとってはリアリストだと思っています。」


※注釈
1:ポルトガルにおける政治的・社会的な革命:1974年、ポルトガルの首都リスボンで若手将校を中心とした無血クーデターにより、半世紀近くにわたる軍事独裁政権が崩壊し、社会主義政権が成立。アフリカ、東ティモールなどの植民地が放棄された。
2:小川紳介: 1935〜1992。1960〜70年代にかけて制作されたドキュメンタリー『三里塚』シリーズや、1970〜90年代に山形の農村を拠点に制作された『牧野物語』『ニッポン国 古屋敷村』などで世界的に評価の高いドキュメンタリー映画監督。
3:土本典昭:1928〜。1960年代より『水俣−患者さんとその世界』など、公害・水俣病をテーマにした多くのドキュメンタリーを制作し、新しいドキュメンタリーのスタイルを生み出した日本を代表するドキュメンタリー監督。
4:16ミリ映画:一般的な商業映画は基本的に35ミリ映画であり、その撮影機材は照明・音声機材を含めかなり大掛りでスタッフも多く要するが、16ミリ映画はフィルムサイズは約1/4、比較的に小規模低予算で制作できるため、報道・ドキュメンタリー・自主制作の映画に多く使われてきた。しかし、最新の手のひらサイズのデジタルヴィデオと比較すると、それでもかなり大掛り。

次号へ続く
(2008年4月 渋谷にて 
TEXT:中島崇/映像作家 PHOTO:室谷亜紀/office北北西)
INTERVIEW:ペドロ・コスタ Part 1 / Part 2
Profile: Pedro Costa
ペドロ・コスタ 映画監督

1959年、ポルトガルのリスボン生まれ。リスボン大学で歴史と文学を専攻。青年時代にはロックに傾倒し、パンクロックのバンドに参加する。その後、国立映画学校に学び、アントニオ・レイスらに師事する。ジョアン・ボテリョ、ジョルジェ・シルヴァ・メロらの作品に助監督として参加。'84年、短編『ジュリアへの手紙』を監督。'89年、長篇劇映画第1作『血』を発表。以後、映画プロデューサー、パウロ・ブランコのもとで『溶岩の家』('94)、『骨』('97)、『ヴァンダの部屋』('00)、『コロッサル・ユース』('06)を監督。現代映画を代表する映画監督として、アート界を含め世界的に注目されている。

フィルモグラフィ
1984年 短編『ジュリアへの手紙:Cartas a Julia』
1989年 長篇劇映画第1作『血:O Sangue』( '89年ヴェネチア国際映画祭出品、'90年ロッテルダム映画祭出品)
1994年 『溶岩の家:Casa de Lava』('94年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門出品、'94年テサロニキ映画祭・最優秀芸術貢献賞、'94年ベルフォール映画祭・最優秀外国映画賞
1997年 『骨:Ossos 』('97年ヴェネチア国際映画祭出品
2000年 『ヴァンダの部屋:No Quarto da Vanda』('00年ロカルノ国際映画祭・青年批評家賞・スペシャルメンション受賞、'01年山形国際ドキュメンタリー映画祭・最優秀賞・国際批評家連盟賞受賞、'02年フランス文化賞・最優秀外国映画作家選出
2001年 『ダニエル・ユイレ/ジャン=マリー・ストローブ 映画作家の微笑みはどこに?:Daniele Huillet,Jean-Marie Straub Cineastes-Ou Git Votre Sourire Enfoui?」('01年ヴェネチア国際映画祭出品)


2006年 『コロッサル・ユース:Juventude Em Marcha』('06年カンヌ国際映画祭出品)
2007年 短編『タラファル:Tarrafal』、短編『うさぎ狩り:The Rabbit Hunters』

● 『コロッサル・ユース』
監督:ペドロ・コスタ/撮影:ペドロ・コスタ、レオナルド・シモンイス/出演:ヴェントゥーラ、ヴァンダ・ドゥアルテ、ベアトリズ・ドゥアルテ、イザベル・カルドーゾ、グスターヴォ・スンプタ、シラ・カルドーゾ、アルベルト・バロス・“レント” 、アントニオ・セメド・“ニューロ” 、パウロ・ヌネス
2006年/155分/カラー/ポルトガル、フランス、スイス/配給:シネマトリックス
劇場公開:東京・イメージフォーラム(5.24〜)

映画『コロッサル・ユース』公式サイト
http://www.cinematrix.jp/colossalyouth/

映画『ヴァンダの部屋』公式サイト
http://www.cinematrix.jp/vanda/


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