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INTERVIEW
ペドロ・コスタ
2008.11.22 UP
前回Part 1では主にお米について語ってくださった「銀シャリ屋 ゲコ亭」の主人、村嶋孟さん(77歳)。今回は小さな家族経営の食堂が、なぜブレイクしたかを訊ねてみました。そこには味覚を育んできた風土がまずあり、「ナニワの飯炊き名人」も一朝一夕に生まれたわけではない事に気づきます。例えばゲコ亭と紀州街道を隔てた反対側には、くるみ餅で有名な創業660年を誇る老舗「かん袋」があり、今も売り切れ御免の商いで繁盛しています。まだ他に二軒の老舗も近くに。ふだん着の食文化は、土地柄を磨く民度の出発点かもしれません。つまり売り切れ御免と地産地消こそ、多くのリスクを回避して味覚を高める地方の切札です。(聞き手:瀬戸山玄)

値切らずに、ひたすら良質にこだわり続ける

村嶋孟さん「それにしても、土から生えてきた生鮮野菜や海で採れる鮮魚にまで、消費税をかけるバカげた国はありません。それじゃまるで大昔の悪法・人頭税と一緒です」
「早い話が食糧自給率の低下を役人が嘆く前に、ニッポンの食は制度としてそれくらいデタラメに扱われている。なんと言っても、作り手が適度に儲かる農業や漁業の根元を整えてお金がきちんと巡るようにならないと、いつまでもたっても自給率は上がらないでしょう。それに後継者難や偽装問題の解決にもつながりませんよ」
「生鮮食品を扱う八百屋や肉屋との取引は、決して値切ったり、買い叩いたりしちゃいけません。たとえいっとき安くさせても、相手がいずれは息切れして、内緒で質を落とさざるを得なくなります。だったらあえて値切らずに、ひたすら良質にこだわり続ける方が、気持ち良くお互いの立場を活かしあえるのとちがいますか」

 ──実は村嶋さんが毎日のご飯を大事にする、飾らない食堂をひらく原点には、戦後の苦しい飢え経験がある。

戦後の飢えから、筋を通した食の提供へ

「昭和20年7月10日深夜にここ堺市の旧市街は、米軍のB29爆撃機が雨のように降らせた焼夷弾で市民1860人が亡くなり、焼け野原になりました。そして日本は敗れました。私は当時、旧制堺中学の3年です。軍国主義を煽っていた教師の、手のひらを返したような授業の豹変ぶりに呆然としてしまい、以来、国に寄りかかるような生き方に見切りをつけました。食べ盛りの中で食糧難を味わいましたから、焼け跡に畑を耕して野菜作りに励んでいました。その時からのへっちゃら屁のカッパの精神で、どんな時代にも負けない生き方をしようと、心に決めていたんです」
「江戸時代の堺は人口5、6万人の賑わう町で、魚問屋だけで24軒ありました。それぞれ魚のシンジケートをもっており、和歌山や四国、明石や瀬戸内の魚がみんな入ってきたんです。住吉大社さんの立派な石灯籠もほとんど彼らが寄進したものですよ。戦前は東洋一の遊郭があるような全国で8番目の大都市でしたけど、魚問屋は戦後みな東京へ移ってしまった。魚について私は素人でしたけど、母方の里がジャコ屋でしたから、魚や食材の入手先にとても明るかったんです。だから魚の仕入れ先はそこ任せで、32歳の時にゲコ亭を始めました」

 ──十代の空襲体験をバネにしてどこまでも筋を通す、食材にウソの無い素人食堂「銀シャリ屋 ゲコ亭」を、愛するわが町に誕生させた村嶋孟さんだった。

「どんな料理も自分の味覚を心がけて磨きあげないと、お客さんから納得してお代を頂けるだけの、うまい献立にはなかなかなりません。それで30代の頃は休日のたびに、京都や大阪の日本料亭にでかけては、素材をどう味つけしているか確かめて歩きました。けれど最後に出されるご飯はみんな月並みでした。それでご飯をもっと美味しく炊けば、ちゃんとした天然食材なら必ず響きあうはずだと気づいたんです」

食の作り手の作法

 ──毎朝、村嶋さんは北海道産真昆布とかつお節、煮干しでその日使うだし汁を丹念に作る。野菜もなるべく露地栽培物を選ぶ。昔はどこの家でもやっていた事だ。

「朝と昼とでは味覚もすこし変わりますけれど、作り手の体調さえ万全ならば、10人中6人を納得させる料理は出せるんとちがいますか。夫婦喧嘩?食味が荒れるので料理人にはもってのほか、したこともありません。舌を狂わす激辛ものやレトルト食品や、口の中を傷つけるカタヤキソバのような食べ物も一切、口に致しません」」

 ──早朝4時から厨房で元気に立ち働くために、氏は六甲の山歩きとゴルフ2時間打ちっ放しも毎週欠かさない。また病院も眼科と歯科しか掛かったことがないそうだ。

インスタント食を断つと、体が添加物にすぐ反応するようになるので、良くない酒だと戻します。体力が落ちたので酒も三年前に止めましたが。おかずは毎朝30種類ほど用意しますけれど、量は1品25人前を基本に作ります。けれど品目は季節ごとにやや変えています」
「たとえば豚の角煮は寒いと脂肪が固まり、風味を損なうので、夏しかこしらえません。淡い味の高野豆腐を料理すると、自分の舌の調子が一発でわかります」

売り切りの美学

 ──地元泉州名産の水茄子をたっぷり使う、この店自慢のナス炒めなどは、東京だと考えられない贅沢な一品。そして開業以来の人気ナンバー1は、何といっても奥方特製のダシ巻き卵。平飼いの鶏は体を地べたで動かして運動量も多く、その玉子に昆布出汁を加えた一人前200円の味と値段と手仕事の見事さは脱帽ものだ。

「四人分をぺろりと平らげるお客さんもいるんですよ」と傍らで北海道生まれの奥方がにっこり笑う。
「経営者は誰でも店を増やしたくなるし、手を広げたくなります。けれどただ一軒で質を追求する面白さもあるのとちがいますか。有名デパートから出店依頼がきて、催事のときに鰻弁当を何度か出して評判でした。でも今はしません。真空パックにつめて冷凍保存しながら店頭に並べるのは納得できません。それに自分の目の届かない所で売る、作り置きは責任がとれません」

 ──村嶋さんは地域に愛されながら45年間、少しの無理もムダもない「売り切りの美学」を、家族食堂を通して命がけで貫いてきた。そんな名店を一代で築いた生命力の源は、何よりもお客の喜ぶ顔にほかならない。


※注:用語解説としてウィキペディアにリンクを張っています。
地産地消 ・人頭税 ・露地栽培 ・レトルト食品 ・インスタント食→インスタント食品 ・添加物→食品添加物

(2008年9月 大阪・堺市「銀シャリ屋 ゲコ亭」にて TEXT & PHOTO:瀬戸山玄/ノンフィクション作家・写真家

*この店の物語は11月25日発売の雑誌『暮しの手帖』37号、「世のなか食のなか」に
詳しく紹介されます。 瀬戸山玄

INTERVIEW:村嶋 孟 Part 1 / Part 2
Profile:村嶋 孟
むらしまつとむ 
「銀シャリ屋 ゲコ亭」主人

1930年、大阪府堺市生まれ。木造豪邸を手入れする「アク洗い業」の親方だった父親は地元実業家らと深く親交を結んでいた。旧制堺中学を卒業後に関西圏の大学に進むが学業を断念して北海道に渡る。炭坑町美唄の建設会社で現場監督を勤めてから故郷にUターン。地元の紡績メーカーで働いた後、東京オリンピック前年の1963年、実家の一角でお好み焼き屋を開業。その半年後に「銀シャリ屋 ゲコ亭」にリニューアル。それから今日まで、ご飯の美味い店として、伝説的に半世紀近く繁盛しつづけている。

銀シャリ屋 ゲコ亭
大阪府堺市堺区新在家西1-1-30
時間:9:00〜13:30頃
休み:火曜、木曜/6〜8月



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