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INTERVIEW
伊藤高志
2009.12.30 UP

映像だから、見えないものを見せることができる。その信念のもとに不思議な創作の世界を、映像の錬金術師として長年第一線で活躍してきた伊藤高志さんに語っていただきました。今回はその後編を掲載します。空間を変幻自在にあつかって、新たなダイブ空間を模索。映像のなかの空間から、舞台の実際の空間へと飛躍した伊藤氏の新たな創造ワールドとは?(聞き手:中島崇)

自分の中にある怖さ

『SPACY』

 ──アクション大作映画も見るのですか? 『SPACY』の印象が強い観客には意外だけど。

大好きなんです。ジョン・スタージェスの『大脱走』(1963年)とか、コテコテのハリウッド映画。
映画が大好きな人はどちらかというと自己逃避型で現実から離れて普遍的な所に漂っていたい、人間的に弱い人、そういう気がします。
自分も嫌なことがあると映画を見に行きます。若い頃も今もですね。 『ビーナス』

 ──比較的最近『SPACY』は「暗い」と言った人がいるんです。この華麗な映像に対して。「ええっ」と驚いて訊くと、がらんとした空間に人がいなくて寂しいって。
しかしこの感想は案外、伊藤さんのその後の作品を予感していると言っても良いのかもしれません。『ビーナス』('90年)から『ZONE』('95年)にかけて、登場する幽霊は身内や親しい人達の人格となって現れてきます。

宮崎勤事件(’88〜’89年)は客観的に見れない部分がありました。『ZONE』彼が子どもをモノのように扱って惨殺したということにもしかしたら自分にもそういうところがあるのではないかとちょっと怖くなったんですね。自分の子どもが時として、どうも他人かモノのように見えてしまう。ファインダーを通して見ているとますますそう思う。

 ──映画の作り過ぎということ?(笑)

それもあるかも知れない(笑)。もしかしたら私の怖さみたいなものを宮赴ホも持っていたのかも知れない。あの事件とは妙にシンクロするのです。 『静かな一日』
愛すべき自分の妻、愛すべき自分の息子を、残酷な目で見ている自分がいる。その気持ちをどうやって表わすべきかはまだ手探り状態だったけれど、フィクションの作り方に向かっていったとは言えるのではないかな。
京都造形芸術大学で教えるようになってからは、フィクションとして学生たちに演じてもらうことになるんですね、妻や息子に代わって。『モノクロームヘッド』('97年)、『めまい』('01年)、『静かな一日』('02年)の3作で。

偽装した死の姿

『モノクローム・ヘッド』 ──キレやすい若者の増加が社会問題になった時期でした。狂気じみた若者が非常にリアルに描かれていると同時に、極端に幻想的な伊藤さん特有のめまい感覚が同居している。

3作に出演している三人の娘は、学生といっても友達のようなものです。敬語は一切使わず、日常的な悩み事などを友達感覚で喋り合うような。
『めまい』と『静かな一日』で彼女らは『めまい』表現者として登場する。普段の生活で映画を撮ろうとする学生たちの姿を見ていて、精神が揺れている状態を目の当たりにしているわけです。悩みすぎて病気になったり、時には死に関するところまでのぼり詰めてしまう。
映画では自分たちが偽装した死の姿を形にし、それを見ることで死を客観的に捉えさせようという気持ちがあったと思います。

 ──近年の作品は死に関するテーマが主流ですね。

私自身何度か死ぬ目にあったのです。18歳の時には胃が破裂して腹膜炎を起こした。医師からあと3時間手術が遅かったら死んでいたと言われました。伊藤高志
胃が破れた瞬間はよく憶えていて、呼ぼうにも声が出ない。のたうち回っているうちにだんだん気が遠くなってくる。でも最後は痛みがないんです。気絶する瞬間はわりと気持ちがいいのですよ。
学生時代はバイクで車と正面衝突、近年は癌を患ったりと。こうした体験が影響しているのかもしれない。

スリリングな空間

 ──映画を制作すると同時に、何年かに一度の割合でダンスやパフォーマンスのアーティストとコラボレーションを組んでいますね。これも最近の傾向です。舞台の背景に流す装飾や効果としての映像ではなく、舞台の人達とコンセプトをたてて空間を共有していく方法をとっています。

舞台で映像を使う時には、書き割り的でないものをしたかった。
2001年に山田せつ子さんのダンスとコラボした『DOUBLE/分身』では、まず映像を撮影してから舞台を作るという手順で行いました。白い壁にドアーを3つ付けた舞台の前でせつ子さんがダンスを踊るのをあらかじめ3台のカメラで撮影し、本番では壁に大写しされたその映像の前で実際のダンスが行われる。伊藤高志本物のせつ子さんと映像のせつ子さんが関係し合うということですが、台本はまったくない、即興です。
3回の公演では映像は全く同じなんだけれど、出演者がどう関わるかによって映像が全然違うように見えてくるのはとても面白かった。空間をいかようにも変容できるんです。非常にスリリング。

鏡の反射空間

 

 ──最新作は映像インスタレーションです。今回発売されるDVDに『DOUBLE/分身』と共に特典映像として展覧の模様が収録されていますが、偽りのない特典ですね、これは。大変な迫力と緊張感がひしひしと伝わってくる。

『恋する虜──THE DEAD DANCE』('09年)は3年がかりのプロジェクトでした。山田せつ子さんが中心となって、ジャン・ジュネのテキストをもとにダンスを作りました。
映像も関わってほしいということで私も参加したんです。このダンス公演は3年間の間に3回上演されました。その時に投影した映像だけを独立させ、新たに撮り直した映像も含めてインスタレーションとして今年発表したものです。
会場に4枚の巨大な鏡を置き、鏡に映像を投影する。すると鏡の表面に人の姿が薄く映ります。同時にその像は鏡で反射して正面のホリゾント(巨大スクリーン)に映る。『恋する虜──THE DEAD DANCE』他にも床に投影したり、ダンサーの全身が映っている写真をスクリーン代わりにしたり、座席に白いシーツを張り巡らせて投影したりとか。
これらは例えば『GRIM』などで行ってきたこと、自分の部屋にぼんやりと人が現れたり消えたりする感覚を実際の空間で実現させる試みなのです。

 ──最後に伊藤さんの作品を見る人にメッセージを。

一貫してイメージするのは、気持ちの悪いものを描きたい。しかも怖くて美しいイメージ。
あり得ないことが起こる、映像だからそれができるのだ、という気持ちは常に持っています。『SPACY』自分のなかではこれが映画の最大の魅力に感じます。
それが原点で、作品に具体的な人物を登場させてからは、人を介してあり得ない出来事が起こってくる。でも最終的に、それはあり得えそうだという強烈なリアリティが見る人に感じてもらえれば、勝ちかなって。


(2009年12月 東京、イメージフォーラムにて 
TEXT:中島崇/映像作家 PHOTO:室谷亜紀)

INTERVIEW:伊藤高志 Part 1 / Part 2
Profile:伊藤高志
いとうたかし 映像作家

1956年、福岡市生まれ。
新聞記者の父と看護婦の母の次男として出生。映画好きの父の影響で映画大好き少年に。『大魔神』と『ガメラ対バルゴン』の2本立てを劇場で見た時、大魔神に串刺しにされる悪代官や緑の血を吹き出しながら戦う怪獣たちの残虐な映像にスッゲーと大興奮。その後ますます映画にはまっていく。と同時に漫画を描くのが趣味だった私は石森章太郎の「サイボーグ009」をオリジナルストーリーで描いたり、手塚治虫や横山光輝の模写に没頭。
中学時代に大興奮させられたのがスティーヴ・マックイーン主演の『大脱走』。尋常でないドキドキ感とハラハラ感を味わい映画の真の面白さというものを感じた。漫画や映画に没頭するオタク少年ではあったが、中学の時は短距離走で常に1〜2位、またバスケットボール部でも活躍するなどスポーツマン精神も身につけている。
高校時代は美術部で絵を描きながら、父のカメラでカメラ小僧として写真を撮りまくり、芸術の世界への興味が少しずつ熟成していく。
九州芸術工科大学画像設計学科にどうしても入りたくて浪人生活を2年間送り、3度目の正直で大学合格。8ミリカメラを親戚から借りて初めて撮影し、家の襖に映して大興奮。あるはずのない風景がそこに現れるという映像の原初的な力にものすごく感動した。
そんな時出会ったのがFMFという自主上映グループで、ここから私の個人映画の創作が始まった。
同時期福岡で上映された「松本俊夫」個展上映はその創作欲に拍車をかけた。特に彼の『アートマン』という実験映画は私の目標になった。
松本俊夫の指導のもと卒業研究として16ミリ処女作『SPACY』('81)を制作した。『SPACY』は本人も驚くほど世界中で高く評価され嬉しいのと同時に大変なプレッシャーを感じたが、もっともっと映画を作りたいという欲求が沸き、翌年再び卒業研究の名目で『BOX』('82)を手がけ、さらにその翌年も卒業研究で『THUNDER』('82)を発表。
卒業後は西武百貨店文化事業部に入社。ATG(日本アートシアターギルド)という映画制作配給会社に出向。石井聰互監督の『逆噴射家族』('83)の特殊視覚効果をこの時に担当した。
1984年から西武の映画配給会社シネセゾンの宣伝部に配属。会社勤めのかたわら有休やズル休みを駆使して個人の映画制作を行った。
毎年恒例のイメージフォーラム・フェスティバルには招待作家として新作映画を出品。
劇作家如月小春の舞台に映像で参加。「MORAL」('84)の公演はとても刺激的で、以後彼女の舞台の映像スタッフとして毎年のように参加する。
東京での社会人生活を10年間送り、退職し、京都芸術短期大学の専任講師として京都で新しい人生が始まった。久々に作った『12月のかくれんぼ』('93)は上映後学生たちの喝采を浴び、その後次々と作品を作るようになる。
1999年、京都芸術短期大学は併設の京都造形芸術大学に吸収合併され、映像・舞台芸術学科の映像の責任者として、学科の設計にたずさわった。あまりの忙しさに『静かな一日』('99)は未完成のままイメージフォーラム・フェスティバルに出品。この作品は2002年に『静かな一日・完全版』として完成させた。
この学科での演劇人やダンサーたちとの出会いは私に多大な影響を与えた。2000年、ダンサー岩下徹と映像のコラボは予想をはるかに超えて面白く、身体と映像の間にある不思議な磁場の魅力を自分なりに追求してみたいと思った。
以後積極的に舞台での映像表現に挑戦。2001年のダンサー山田せつ子とのコラボ「Double」は1年かけて準備し大学内の劇場で公演、その後も伊藤キムや白井剛、寺田みさ子、砂連尾理などの先鋭的なダンサーや劇作家川村毅とのコラボなど、映画作り以上に熱中した。
2009年の1月には「恋する虜/The Dead Dance」というインスタレーション作品を初めて手がけた。
映画を作り始めて30年あまりが過ぎた。これまでのほとんどの作品がDVDとなって世に出ることになったが、ここで過去の創作にいったん区切りをつけて今一度新しい創造へ向けてスタートしたい。そんな気分だ。(伊藤高志/2009.4.18)

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