DVDの内容紹介
●アレクサンドル・ソクーロフの“日本三部作”第三作
●ロシアのアレクサンドル・ソクーロフと奄美の作家・島尾ミホ。ふたりの出会いがこのような映像となって結実するとは誰が想像しえただろう。
そして島尾ミホその人を知る者はさらに驚くにちがいない。目深に被った帽子と眼鏡をはずすことのない彼女が、本作では赤裸に島尾ミホ自身を演じているのだから。
映画の冒頭は加計呂麻島を臨む海。背中を向けたソクーロフが、古い写真にかさねて、ある男の生涯を語りはじめる。
貿易商の長男に生れた読書の好きな病弱な少年は、長じて青年士官となり、加計呂麻島の海軍基地に赴任する。すべてを国家に捧げた27才の男は、島の小学校の女教師ミホとめぐりあう。出撃を前に終戦を迎えた特攻隊の隊長はその後、作家となった。こうして「死の棘」の島尾敏雄はミホと娘のマヤたちを遺し、1986年、脳内出血で世を去った。
海原に冴える満月。障子の向こうに波間がひろがる。壁にもたれたミホが、ささやくように語りはじめる。アンマー(母)のこと、ジュウ(父)のこと、敏雄との愛の葛藤、そして死。自身への問いかけ、娘マヤとの愛。
ほかに例を見ない正方形に切り取られた画面のなか、ミホは涙して思い出を語り、古謡を口ずさむ。
●過ぎ去った一切は、たとえそれがどんなに辛い記憶であっても、どこか甘い匂いが漂う。ドルチェ=DOLCEという題名は、フェリーニの傑作『甘い生活』LA DOLCE VITA(60)を連想させる。『インテルビスタ』(87/フェリーニ)では、アニタ・エクバーグとマルチェロ・マストロヤンニが『甘い生活』を見るシーンがある。決して齢をかさねることのないスクリーンのふたりを見つめる27年後のふたり!
『そして船はゆく』(83/フェリーニ)のロシア語版を監修したこともあるソクーロフは、島尾ミホにアニタ・エクバーグを重ねているかのようだ。
●さて、ソクーロフと島尾ミホの出会いはどのように導かれたのだろうか。
“日本三部作”の第一弾と呼ぶべき『オリエンタル・エレジー』(96)で、ソクーロフは日本の各地を撮影した。ソクーロフ独自のスタイルがエキゾチックな異国情緒を放つこの作品は、オリエンタルというよりも日本へのエレジーにあふれている。
そして『穏やかな生活』(97)では、奈良県明日香村に暮す老婆の穏やかな生活を綴っている。このような過程で得た多くの日本の友人たちの輪の中で、ソクーロフと島尾ミホとの距離は本人たちが知らないところで急速に接近していたのだ。
友人からの電話で島尾ミホという存在を知ったソクーロフは、会ったことさえない彼女を撮ることを即断し、日本ではすぐさま製作態勢が整えられた。
●その昔、奄美には近隣の島や本土、沖縄のみならず中国の手品師、ロシアのラシャ売りが訪れ、島尾家ではそうした来客を厚く迎えたという。
ミホが育った島尾家の風土と、ロシア人を「彼ら」と呼び、日本人を「我々」と語るソクーロフのアイデンティティを知れば、ふたりはいつか出会うべく交差する海流に船を浮かべていたのだ。 |